[転載] 環境再生型農業は、生物多様性と環境保全、持続可能性、そして農家の誇りを高める

海外のWEBメディアには、バイテク農業に関する優れた記事がたくさん掲載されていますが、日本国内のメディアはこうした内容の記事を忌避するため、我々には届きにくいのが現状です。そこで日本バイオ作物ネットワーク(JBCN)では、著者や掲載元から許可をとり、日本語に訳して当サイトに転載します。記事一覧はこちら。今回は、Global Farmer NetworkからChandrashekhar Bhadsavle(チャンドラシェカール・バドサブレ )の記事を転載してお送りします。ありがとう、チャンドラシェカール!

元記事
Global Farmer Network
Regenerative Ag Boosts Biodiversity, Conservation, Sustainability and Farmer Dignity

最高のアクシデント。それは幸せなアクシデントだ。それは驚くべきこととして生じるが、不幸の代わりに「機会」を与えてくれる。

それは何年か前に、私の農場で起こったできごとだった。今では「サグナ・リジェネラティブ・テクニック(Saguna Regenerative Technique)」として知られるコメの栽培方法と私たちは偶然に出会ったのだが、そこで得られた多くの教訓が、インド全土で、農産物の生産の改善につながりはじめている。

1990年代、私は稲作に関する問題の解決に関心を持ちはじめた。コメは世界に暮らすおよそ半分の人々が毎日口にする作物だ。ゆえに膨大な量のコメを生産する必要があるが、この主食となる作物の栽培には、実に多くの困難が伴う。それは時として農家の自尊心さえ奪う。そのため離農者が多く、就農する人も減っている。現在の稲作において、耕起や代かき、移植、溝切りといった面倒な作業は、しかし不可欠だからだ。

私の農業における目標の一つは、農業に威厳を取り戻すことだ。米農家が誇りを持って仕事に取り組めるようになるまで、私が休みをとることはない。

そう考えていた矢先、それは2011年だったが、ムンバイ(マハラシュトラ州レイガッド地区)の私の農場でアクシデントは起こった。落花生を、その栽培のために高畝と点滴灌漑施設を用意した圃場に播種していたのだが、4分の1ほどのエリアを残して種が底をついてしまったのだ。

残った圃場を空っぽにして何も収穫しないことにためらいを覚えた私は、簡易な選択肢をとることにした。コメをそこに播種したのだ。

大量の水は落花生の育成にとっては不要なものだが(むしろ悪影響でさえある)、稲作には必要不可欠なものだ。その2つの作物を同じ圃場に並べて植えているのだから、通りがかりの人たちはそれを見て笑った。

ところが私自身驚いたことに、落花生とコメ、いずれも結果は上々だった。コメは収量さえ増えていた。翌2012年、私は別の複数の区画でもこれを試すことにした。結果は良いものだった。

科学者たちは、自分たちの実験の正当性を証明するには、別の科学者の実験で再現される必要があることを知っている。私もそれを倣うことにした。つまり、別の農家に試してみるように勧めてみたのだ。収量が減少した場合は補填すると約束して。

その結果、幸運にも全ての農家が、彼らの予想を上回る収穫を得ることができた。

こうして実証された栽培手法を私たちは「サグナ・ライス・テクニック(The Saguna Rice Technique。以下、SRT)」と呼ぶことにした。

SRTの主要なメリットの一つは、不耕起であるということだ。不耕起という、ある意味残酷な行為が不要になったことで、土壌は侵食を免れてそこに留まりやすくなる。ミミズが繁殖し、土中の有機炭素も増加する。より健康的になった土壌で、作物は根を伸ばして育っていく。

そしてこれも非常に重要な点だが、伝統的な水田稲作に必要だった — 就農から人を遠ざけていた — 単調な仕事が消え失せた。耕運や代かき、手作業の田植えはもう必要ないのだ。

このイノベーションによって、私たち農家は尊厳を取り戻した。

しかし私たちはこれで満足しなかった。SRTを別の作物 — 豆やトウモロコシ、野菜 — の栽培にも適用したのだ。そして結果は良好だった。

2019年、世界銀行の「気候レジリエント農業プロジェクト(Project on Climate Resilient Agriculture=PoCRA)」の担当職員が農家たちを連れて、私たちの圃場にやってきた。彼らが栽培する綿花や大豆は、粘土質が多く排水性の低い圃場では苦戦を強いられる。そこでSRTを試してみてはどうかと、その担当職員は考えていたようだ。

多くの農家は懐疑的だったが、一人の勇気ある農家がこの機会を逃さなかった。彼は綿花の栽培にSRTを活用し、素晴らしい結果を出す。2020年、その農家の隣人たち、およそ30名の農家たちが彼のあとに続いた。次の年には300人が加わり、ついに今年(2022)は1000人を数えるまでになった。

この変化が、大きな経済的支援もなく起こったということに注目してほしい。農家がSRTを活用するために必要なのは、SRTの成功をその目で見ることだけであり、今では成功した農家たちが、隣人たちがSRTをはじめられるよう支援している。

SRTの最大の魅力は、栽培コストの大幅な低下、労働に縛られなくなること、自分たちの農場の土壌が健全性を高めているのをその目で見ることである。そして特筆すべきは、生産性の改善だ。害虫や病気などの被害も著しく減少するので、従来と比較して少なくとも30%、場合によっては2倍も生産性が向上することもある。

稲作の栽培方法としてはじまったSRTだが、コメ以外の栽培にも広がっていったため、私たちはSRTを「サグナ・ライス・テクニック」と呼ぶわけにはいかなくなった。そこで「サグナ・リジェネラティブ・テクニック(Saguna Regenerative Technique)」に名前を変えた。これによって高い汎用性、生物多様性、環境保全、持続可能性も強調しやすくなった。

いまでは、SRTがインド農業における主要な運動になりつつあり、この国を支える小規模な農家のニーズに正確に応えている。

これらすべては、幸せなアクシデントからはじまったのだ。


チャンドラシェカール・バドサブレ Chandrashekhar Bhadsavle

1976年、就農。現在、彼の農場は多くの農家が知るところとなり、訪問希望が絶えない。不耕起による保全型農業である「サグナ・ライス・テクニック(SRT)」の提唱者。